馬から下りた彼は、そこにいた娘から出迎えを受け、手をとってしばらく楽しい話を交わした。美味な食事で腹ごなしをすると、最後の語り手に話を始めるよう命じた。君主のそばに控えていた語り手は、命令を聞いてまず相応しい敬意を表してから、自分の話をこんな風に始めた。
陛下、わたしが思いますに、他の語り手たちは話の中でみな他人の出来事を物語りました。わたしはそれとは反対に、他人ではなくこのわたし自らに起きた事件をこれからお話しようというのでございます。
キモという名のわたしの国では、あれこれ子供に教える技術の中で音楽を教えない者はめったにおりません。そのため、そこにはその職業に秀でた者がたくさんおります。豊かではなかったわたしの父親もまた、わたしが同年代の子供にひけをとらないように、その苦労した稼ぎをつぎ込んでくれました。幼い頃からわたしは音楽の勉強に励み、仲間内で一番の上手となりました。町ではリュートの音色がとても好まれていたので、わたしはそれに集中し、毎日の成果を積み重ねてまたたくまにだれにも負けないくらい能力を身につけました。町で演奏の業を多くの者に教え、または近隣の町からそれを学びに訪れる者にも教えて、わたしはかなりの金銭を稼ぐようになりました。
その頃、街に年老いた商人がやってきました。彼が連れていた娘は巧みにリュートを弾きこなし、世の中に彼女よりも上手な者はいないと思われるほどでした。その噂が街中に広まり、ついには君主の耳にも届いたので、音楽をこよなく愛していた王は老商人を自分の下へ呼んで、娘の才能について彼の口から確かめると、娘をその前に連れてくるよう強く頼みました。それに対し商人は、類い稀な才能のために自分の娘として引き取っているのだが、彼女はつねに貞淑な生活を送ることにしており、部屋の中で四人の侍女の世話を受けていると答えました。その部屋から出ることなく、祈りと芸術だけに一日を費やしていました。商人は、彼女の芸術を耳にしようというのであれば、彼に恩恵を賜って、よければ部屋まで王がお越しになるようにと願いました。そうすれば、娘も満足できるし、王は気のすむまで彼女の音楽を聞けるでしょう。こうして、娘が家の外へ出たがらない理由をを知った王は、夜になると侍従一人だけを連れて商人の家へ行くことにしました。
到着すると王は彼女の部屋へ入るとすぐにその美しさと正直さを見て、たちまち彼女に惚れ込みました。その芸を聴かせて欲しいと頼まれて、彼女は王の言葉を受け入れリュートを手に取ると、甘い音色を奏で始めました。この芸術にかけて、この娘に少しでも迫るような演奏は聴いたことがないと王は商人に打ち明けました。もう一度聞かせて欲しいと王が頼んだので、従順な娘は頼みを受けてリュートを手にし、しばらくまた甘美な楽の音を奏でました。王はその技術に惚れ込んで、彼女のところを離れる前に非常に高価な宝石を送りました。彼女と商人から受けた親切の礼を述べて自分の部屋へ帰りました。
こんなことがあってから、娘の技術が非常に優れていることが街中に評判となり、あっというまにわたしがそれまで持っていた信用と名声は地に落ちて、学生たちも離れていきました。わたしはひどく苦しんで、一生懸命に積み重ねた稼ぎを失いました。ある日わたしは商人の家を訪ねました。彼と話をして、彼がその娘と一緒にやってきたことで自分が大きな被害を被ったことを伝えました。彼女のせいでこんな惨めな境遇に陥ったのであるから、せめてその芸術をわたしに聴かせてもらえないだろうかと頼みました。商人が娘の部屋に入って、わたしの願いを伝えると、娘はわたしがかなりの年配になっているのを見て、楽器の音を聞くよう部屋に招き入れました。彼女の前に参りますと、すぐにその稀な美しさをわたしは目にし、技術に関してもわたしを含めだれをも凌ぐだろうと思いました。それを確認しようと思って、リュートを手にして聞かせてくれないだろうかと強くお願いしました。彼女は頼みを聞いてくれて、甘い音色を聞かせてくれましたので、世界のどこにもこの芸に関して彼女に並ぶ者は見つかるまいと思いました。その巧みな芸にすっかり惚れ込んでしまったわたしは、自分はもうこのような老人であるから下男として雇ってくれないだろうかと、彼女と商人にさらに嘆願しました。娘の稀な才能に対して忠実で熱心な奉仕を欠かさず行うと約束しました。
わたしの願いは受け入れられ、娘の部屋の用事をするように商人に命じられました。熱心な仕事ぶりに彼女も好意を寄せてくれ、数日後にはわたしのことを父親のように愛し敬っているのが分かりました。甘美な仕事のおかげて、自分の受けた損害のことをすっかり忘れてしまい、娘の部屋で幸せな落ち着いた暮らしを過ごしていました。しかし彼女がリュートを奏でるたびに、大きなため息をつくことに気がつきました。その原因は恋愛だろうとわたしは思い、いつの日か彼女に尋ねようと決心しました。三ヶ月間その機会を待っていたところ、彼女は人間の本性と不幸せな状況をめぐるいろいろな出来事を話してくらました。
「どうか」と彼女に言いました。「ずっと耳にしてきた多くのため息の理由を明かしてくださっても問題はありますまい。わたしはかなりの年で、ある程度経験もありますから、その苦しみになんらかの方策を見つけられるかもしれません。もしこのわたしの申し出が厚かましいものとお思いでしたら、あなたの業に対する敬意のなせることとして、伏して許しを乞う次第でございます」わたしがそう言うと娘は泣き出しました。
「親愛なる父上」とわたしに言いました。「わたしたちのために尽くしてくださる様子から、本当の娘のようにわたしを愛して下さっていると分かりましたし、何事にも忠実に励んでくださるので、ため息の訳をお話しようと思います。その理由は他のだれにも知られたくないので秘密にしておいてください。できるならこの悩みを解決してくださるようにお願いします。わたしは十歳の時以来、悪い伯父の下で育ちました(わたしがまだ産着に包まれていた頃に父母を亡くしたからです)。音楽が大好きで、音楽に関しては同年代のだれよりも秀でていたために、伯父はわたしを金持ちの商人に売り渡しました。商人は五年間世界各地へわたしを引き連れて、多くの君主にわたしの演奏を聴かせて、この芸で多くの財を築きました。ある時彼が遠い国に商売に行き、偉大な君主の宮廷に出たとき、当地の大臣たちがわたしの演奏を聴きました。彼らは商人に沢山の贈り物をし、王にわたしの芸を知らせました。音楽をこよなく愛していた王は、主人にわたしを連れてくるよう命じました。わたしは御前に着くとリュートを手にして演奏を始めました。王がわたしの芸術を大いに愉しんでいる様子が分かりました。王の前から下がったわたしは見事な宝石を頂戴して、主人と家へ戻りました。その日のうちに君主から、わたしを置いいけばどんな大金でも払うと持ちかけられた主人は、沢山の金銭を受取ってわたしを王に売り、金持ちになって自分の国へ帰っていきました。王はわたしに豪華で貴重な衣装を着せて、しばらくするとわたしに深い愛情を寄せるようになりました。わたしは彼の奴隷でしたがなんでも彼から賜るようになりました。しかし運命は人間に対して優しい良い顔を長く続けることはありません。ある日、彼がわたしを伴って狩猟に出かけた際、一頭の鹿に矢を射て、わたしが申し出たとおりに一本の矢で脚と同時に耳を射抜きました。そのとき彼が放った一撃について、わたしがうっかり口にした言葉が王は自分の名誉を汚すものとお思いになり、すぐにかっとお怒りになって、わたしの服を取り上げて後ろ手に縛り上げ、遠からぬ森へ連れていて夜になって獣に食われるようにしてしまえと重臣に命じました。重臣はその命令を受けて、わたしの服を奪って縛り上げ、この身を運に任せました。その後、いつ死を迎えるかと脅え苦しみながらわたしは歩き出し、大きな道のそばへ着きました。日が傾いた頃、宿場へ向かう商人の一行がその辺を通りかかり、わたしの泣き声を聞きつけました。一行の一人だった今のわたしの主人が、哀れな泣き声を辿りわたしを見つけました。哀れんで縄を解いて自分の服を着せ、宿場まで連れて行ってくれたのです。そこで、わたしがだれで職業はなんなのか、その不幸な境遇について尋ねましたが、わたしの職業が音楽であることしか分かりませんでした。宿の主人からリュートを取り寄せてわたしの手に持たせたので、わたしは奏で始めました。楽器の音に合わせたわたしの歌と彼はとても気に入ったので、わたしを娘として受け入れることにしました。こうして、わたしをあちこちに連れて歩き、いまあなたが見ているような仕事をさせているのです。しかし、わたしは主人のお傍にいた幸せな日々を忘れることができず、彼への愛情がまだ強く残っているので、リュートを手に取るたびにこのおかげでわたしが高い身分になれたこと、その音色をわたしの主人がとても愛していたことを思い出して、激しく辛いため息をつかずにはいられません。ため息の訳をお聞かせしたので、できるのでしたらなにか解決策をわたしにお教えください」
娘が語り終えたとき、わたしは彼女の身に起きた不幸な出来事に心を打たれ、涙を抑えることができませんでした。わたしの力で彼女の大きな苦しみをなくそうと約束しました。王が娘に対しそんな残虐な死を命じたにもかかわらず、彼女はまだ強く愛していることと伝えるため、彼女から君主についての情報を聞いてその王を探そうと考えました。
彼女と別れて旅に出ると、八日後に大きくて美しい都市に到着しました。御前に来て見事な話をした者に沢山の褒美を与えるというお触れが出されているのを知って、他人の身にではなくわたしの身に起こった物語をお知らせするために参上しようと思ったのでございます。
この言葉を聞いたとたん、バフラームは「ああ」と胸の内でつぶやいた。「この娘はきっとわがディリランマに違いない」娘が今どこにいてどの権力者の下にいるのか語り手から確かめると、何人もの大使を送って、彼女を自分のところへ連れてくれば、いくらでも財宝を与えると伝えました。音楽が好きで彼女の芸の評判が耳に入ったのでどうしても聞いてみたいと。
バフラームの使者たちは商人のところに到着した。商人は、金銭を受け取ろうとせず、偉大な君主から好意を得るため、すぐに娘を連れて出発した。娘に旅の理由を語ったので、娘は老下男が見事に約束を果たし、君主に自分のことを知らせたことを悟った。まもなく帝都へ到着すると、その到着はバフラームにすぐに知らされた。王は小姓一人だけを連れて、商人がディリランマと一緒に泊まっている家を訪れた。再会した王は、彼女を抱きしめながら嬉し涙を抑えることができず、言い尽くせない喜びを味わった。かつて自分が娘にした酷い行いを商人に物語り、沢山の金銭を与えて、ディリランマを自分のもとへひきとった。彼女は老下男に大変恩義を感じて、彼女が以前の境遇に戻れたのは彼のおかげである、ぜひその愛情に相応しい褒美で報いてやって欲しいと王に懇願し、王は快くそれに応じた。
ディリランマを取り戻した王はすっかり健康になり、セレンディッポ王の三人の若き息子を呼んでこう言葉をかけた。
「優れた高い知恵の持ち主である若者たちよ、帝国中の医者が処方を見つけられなかったわたしの重病に対して、あなたがただけが明敏な洞察と助言によって、以前の健康体に治してくれた。いったいどのような方法で、わたしの命を救う手段を思いつくことができたのかお聞きしたいのだ」それに対して、
「陛下」長男が答えた。「眠れなくなったことで、陛下のお命に希望が持てないほどの重病になられたのだとお見受けしました。病のほとんどはその反対のことによって治療されるとわたしは知っていましたので、王宮の中にいて眠りが御目に入ることができないとすれば、七日の間部屋を変えることで以前の健康が取り戻せるのではないかと判断したのでございます。七日間の一日ごとにお休みになられる七つの宮殿をすぐに建てるように申し上げました。そうすれば、陛下の目に眠りが戻りやすくなると思ったからでございます」
「そしてわたしは」次男は言った。「陛下がとても寵愛されていたディリランマは獣に食われてしまったとお思いになっておられましたが、彼女が病の原因であると考えました。他の女性たちと何度かお遊びになられれば、彼女のことを忘れて病から快復されると思い、そこで七つの宮殿に七つの美女を連れてくるようにと申し上げたのでございます」彼が言い終えると、
「わたしは」三男が付け加えた。「森の中で死んだ跡が見つからなかったディリランマが獣に食われてしまったとは信じられませんでした。七人の語り手を呼び集め、良い物語をした者には大金持ちとして郷に帰すとあちこちの地域で御触れを出したならば、語り手のだれかを通じてディリランマが陛下に今の境遇を伝えるだろうと判断したしました。こうして七人の語り手を申し上げることを思いついたのでございます」
バフラームは若者たちに限りない感謝をし、自分の命はかれらの優れた高い知恵のおかげであるとして、沢山の財宝を贈って彼らを祖国へ帰した。
出発した三人は父親の王国へ帰り着いたとき、父親は高齢のために衰えていた。彼は息子三人を喜んで出迎えると、学問と共にさまざまな国の習慣と風俗を習い覚えてまさに完璧を極めたと認め、祝福を与えた後でこの世を去った。長男は王国を相続して、長い間非常に思慮深い政治を行ったので、臣民は幸せだった。その後次男は、バフラームに鏡を返した女王との約束を守るためにその国へ向かい、約束に従って彼女を妻として国の主人となった。まもなくバフラームに娘が生まれた。彼は受けた恩義を覚えていて、兄弟の三男に対して、妻としてこの娘と結婚するように申し入れをした。三男は彼女を受け入れて、大勢の供を引き連れて出発し、バフラームの宮廷へ戻った。そこで厳かに祝典が執り行われた。そして舅が亡くなった後、彼は帝国全土の君主となった。